リレー随筆コーナー
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カミュの「ペスト」が再び注目されることになりましたが、私自身は複雑です。「ウィルス」、「菌」などの細菌や微生物は、人類の病気との戦いであるとともに、人類が生き延びていくための研究と利用でもあるからです。 フランスワインの昔のぶどう畑の樹の根にフィロキセラ(ブドウネアブラムシ)という害虫が棲みつき、ぶどう畑は全滅に近い状態に追い込まれましたが、その後、アブラムシがつかないぶどう品種の台木のうえに接ぎ木する方法が見いだされました。また、ぶどうや野菜の葉に有害な細菌がつく”べと病”がワインの原料のぶどうの大敵でしたが19世紀の後半にボルドー大学の先生により、マルゴー村のシャトー・ドーザックのぶどう畑で”ボルドー液”という薬品が実用化され、ぶどうだけでなく多くの野菜の安定供給が可能になりました。フランスの牡蠣は1960年代後半に牡蠣の病気でほぼ全滅する状況になったものの、日本の三陸産の牡蠣を導入することでフランスのカキ養殖が維持されたこともあります。
ワインなどの劣化を防ぐ”低温殺菌法”(pasteurization、牛乳などにも用いられている )はパスツールの研究によるものです。スパークリングワインの発泡は菌の活動によるものです。日本酒、味噌、醤油も麹菌のおかげです。 醸造元を訪れると、”蔵に棲みついた麹菌”との説明を受けますし、私のような素人は発酵のメカニズムなど理解しにくいことも多々あるのですが、産地を訪れ酵母による発酵の匂いを嗅ぐことは大好きです。「歩こう会」では16期の喜多和生さんのご手配により京都・伏見の黄桜酒造(当主は私の昔の友人でもあり慶應卒)のレストランで昼食をいただきましたし、金沢のウォーキングでは加賀料理の基本ともなる「大野の醤油」地区を歩くことができました。醤油味のソフトクリームは邪道だと思いますが。21期の川野哲朗さんのご実家は小豆島で1960年代まで醤油の醸造も手がけらていました(産業政策により現在のマルキン醤油と合併)。楽友三田会にはビール会社に勤務されておられた先輩もおられます。 ■ ■ ■ ■ ■ ステイ・ホームだと、どうしても音楽を聞くことになります。そして料理とアルコールとなります。ほろ酔いかげんで時を過ごすのも悪くないのですが、自粛のこの際です、以前から気になっていた、西洋料理と音楽家について「エスコフィエ・フランス料理」(原題: Le Guide Culinaire、柴田書店)、ラルース社の辞書「NOUVEAU LAROUSSE GASTRONOMIQUE」と「フランス料理用語辞典」(白水社)で調べ直してみました。音楽家が好んだ料理でよく知られているのはシャリアピンステーキで、調理名は歯痛をかかえたロシアのベース歌手シャリアピンのために帝国ホテルのシェフが用意したことに由来します。そのお孫さんは飛鳥IIという船でシェフをされています。 料理に関して名前が出てくるのがロッシーニとヴェルディの両名です。ロッシーニは財を成すと作曲よりも”食べる”ことを生きがいにしたようで、パリでは
La Tour d'Argent(銀の塔、東京に支店あり)、La Maison ヴェルディは作曲家でありながら一時は生誕の地から遠くないサンタガータ村(Sant'Agata)で小麦やぶどう、キャベツを栽培する農場の運営と経営に没頭した時期があります。ヴェルディはフランスのパリのクリストフルの高級食器も揃えるほど注力したようです。ヴェルディの名がつく料理はコンソメ・ヴェルディ、フィレ・ドゥ・ソル・ヴェルディ(filets de sole Verdi:舌平目のフィレ)、プーレ・ソテ・ヴェルディ(ソテされた鶏肉)ウー・ヴェルディがあります。サラダ・アイーダもヴェルディが好んだサラダだそうです。 その他音楽家などが関係しそうな料理名では、コンソメ・ベリーニ、ウー・オペラ、、コンソメ・トスカ、コンソメ・サルドゥ(Victorien Sardouトスカの台本作者)があります。コンソメ・オテロとなると名前の由来が不確かになります。コンソメ・ミカドはギルバート&サリヴァンのオペレッタからきた名前?と思って調べてみると、明治18年に銚子のヤマサ醤油が醤油ではなくウスターソースの製造特許をとり商品名を「ミカド・ソース」として販売、一部は輸出されたものがコンソメの名前に転用されたようです。ミラノにはナブッコという名のレストランもあります。
料理は実際に作ってたり食べてみたり経験しないと、料理名と内容を体得するのが難しいのですが、食べることは生きること、食べるからお酒も飲めるし歌も唄えるのです。文字で料理の説明と理解は難しいのですがgoogle画像検索と文字系ではサイト”ckbk.comをみることで調理の概要がわかるありがたい時代になっています。料理を音楽家の人名、曲名などとのつながりであれこれ想像しながら味わうと、食べる喜びは増幅されます。現代の日本は大都市圏から地方まで豊かな食材に恵まれ、世界の料理から郷土料理まで、そして美味しいお酒が楽しめる稀有な地域となっています。食べるということはベジタリアンであっても他の生物の生命をいただくという食物連鎖の生きる営みですから、COVID-19に負けず楽しく調理し、楽しく飲んで食べて音楽を楽しみましょう。 (2020/5/8) ■ ■ ■ ■ ■ |
編集部 4月の23日に「何か一本書いてくれ」という話になり、「2,3週間のうちに」と言ってくれて、2週間で原稿が届きました。食べること、飲むことに関して田中君ほど高級な情報を知っている人間はいないでしょう。 |
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