リレー随筆コーナー
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1.入部の経緯 もともと音楽は好きで、普段は洋楽をよく聴いていました。当時=80年代は洋楽の全盛時代と言ってもよく、今でもCMやTV番組の挿入歌等によく使われるほか、カバーされることもしばしばあり、GOLDEN 80’sなどと呼ばれるのもうなずけます。また、合唱にも興味はあったのです。中学時代にクラス対抗合唱コンクールが毎年あり、合唱の響きや、クラシックともポピュラーとも違う独特の旋律や歌詞にひかれ、それなりに前向きに取り組み、「大地讃頌」や「樹氷の街」など定番のベタな合唱曲を歌いました。 それなのに私はこの時、入部を見送ります。なぜかというと、女子高との提携というのが何となく軟派なようで抵抗感を覚えたからです。もっと正確に言うと、クラスメートなどから部活を尋ねられたとき、 「なんだお前、女子といっしょかよ」 などと半ば蔑むような反応に耐えられないかもしれないという、極めて幼稚で成熟していない思考からでした。後から考えると、本当に恥ずかしく愚かなことをしたと悔やんでも悔やみきれません。好きなことを、自分のやりたいことをすればいい。そんな単純なことが、くだらない見栄や保身、先入観といったよく分からないぐちゃぐちゃしたものに縛られて、できなかったのです。 そして、2年生のときだったと思います。徳田君が改めて私に声をかけてきたのです。 「テナーが足らないから入ってくれないか」 「麻雀で勝負して、おれが負けたら入るよ」 実はこの時点でも、私は入部するつもりはありませんでした。というのも、それまで何度も徳田君と麻雀を打ちましたが、一度も彼に負けたことがなかったのです。当然今回も勝てる、勝つはずだ、だから楽友会には入らなくていい、大丈夫だ。気にしなくていい。ああ、それなのに、なんとその決戦のときに限り、私は負けてしまったのです。まるで安っぽいテレビドラマです。 負けたからには約束は守る。自分でも不思議なぐらい潔く入部届を出しました。結局私は誰かに、あるいは何かに背中を押してほしかっただけかもしれません。それぐらい迅速だったのですが、潔かったのはそこまで。籍は置いたものの2年時は結局活動せず、実質的に“入部”したのは3年生の、それも途中(夏合宿の直前)からでした。 2.発声 さらに、ソプラノのパトリ(同期)がものすごい声の持ち主であることに気づくのにも時間はかかりませんでした。力などほとんど入れていない(ように見える)のに響きが乗りまくった声、いや、響きそのものとでも言うのか、玉(鈴)を転がすような声とはこのことを言うのだ、と思ったぐらいです。 そして当たり前のことに気づいたのです。 「フォルテの箇所であっても、ただ大声で歌うだけではダメだ。響きが重要なんだ。発声をきちんと練習しなければ」 ということに。 3.同期 特に同じパート(テナー)の同期とはすぐに打ち解けて、よくつるむようになりました。テナーの連中はおしなべてとてもバカでした。女子の同期は4名だけでしたが、みな気のいい連中で、今さら入部した私に温かく接してくれました。4人ともそれぞれ異なる武器をもっていて、なかなか個性的なメンツが集まったという印象でした。 4.パート練習 少しずつ改善されてきた矢先、もう一つのアクシデントがテナーを襲います。パトリの市川君が諸事情により定演にオンステできなくなってしまったのです。テノールの戦力はガタ落ちです。全体練習で、しばしばテノールの出来が悪くてアンサンブルが止まりました。そこで我々テナーは、休日の練習をさらに増やしました。時には泊りがけで練習したこともあります。さらにOBの方に発声を指導していただくこともしました。 この一連のパート自主練のとき、私は初めて倍音の響きを体験しました。正確に言うと、倍音という言葉をその時はまだ知りませんでしたが、紛れもなくあれは倍音でした。忘れもしません、D−Fis−A(D dur)の和音でした。その瞬間、声量が増えたわけでもないのに、天上から光が舞い降りたかのような眩しい響きが我々を包み込みました。偶然、三声が純正調で鳴ったのでしょう。録音したテープを聴いても、明らかにその瞬間だけ次元が違う立体的な響き。これが“ハモる”っていうことなんだ、と心が震えました。 パート練習と合間の雑談を通じて結束は強まりました。特に、足立君も普段は真面目そうにしているけれど実はけっこうバカなんだな、と分かったことは大きな収穫でした。彼もやっぱり人間で、男だったんです。それがとても嬉しかったです。 このパート練習の積み重ねにより、定演までには何とかカッコがつく程度に完成度を上げらました。それはひとつの成果でしたが、固い結束や倍音の体験はそれと同じぐらい大きな収穫だったと思っています。私はこれらのパート練習の日々を決して忘れないでしょう。あの時のテナーのメンバーに感謝です。 5.ピアノ 「男のくせにピアノかよ」 そこまではっきり言う人はいませんでしたが、心の声が聞こえます。私はその都度、恥ずかしくてたまりませんでした。だいたい中学のクラス対抗合唱コンクールだって、ピアノ伴奏は決まって女子でした。男子が弾くクラスなど見たことがありません。ですので、やめることが許されたときは、まさに解放された気分でした。そしてピアノのことなどすっかり忘れていたのです。少なくとも楽友会に入るまでは。 入部してみると、楽友会には“男のくせに”ピアノが上手い部員が複数いました。その事実が、私の“ピアノを弾く男子”に対する印象を変えていきます。特に私がインスパイアされたのは、パトリの市川君とテナー2年の松本君です。二人ともポピュラーやロックを含めた様々な曲を、適当なアレンジで流れるように紡いでいくのです。しかも楽譜なしで、かつすこぶる楽し気に。まるでピアノが歌っているようです。それまでバイエルやツェルニー、ハノンなどの楽譜とにらめっこしながら義務感で弾くことしか知らなかった私の、その時の衝撃と言ったら。 「男のくせに、超かっこいい!」 素直にそう思いました。そして、もう一度ピアノを弾いてみようか、という気持ちが急速に湧いてきました。彼らみたいに弾けたら、どんなに楽しいだろう? その時から独学でピアノを練習するようになりました。楽譜なしで弾くには“コード”を覚えることが必須だと考え、楽譜や本で学びました。社会人になってから再びピアノ教室の門をたたき、レッスンに通いました。初めて自らの意思で、扉を開いた気がしました。そして彼らの足元にはとても及ばないものの、コードと旋律が譜面にあれば、ある程度は弾けるようになりました。楽しいです。今もときどき弾いています。 楽友会に入っていなければ、彼らと出会っていなければ、二度とピアノに触れることなく過ごしていたかもしれません。これらはすべて、彼らのお蔭だと思っています。彼らがピアノを弾く楽しさを教えてくれました。彼らは、私の奥底にあるものを呼び起こしてくれたのです。一度も彼らに伝えたことはありませんが、心から感謝しています。 6.男声合唱 合唱と言えば混声と思っていました。男だけの合唱ってどうなの?しかもアカペラなんてできるの?まったく想像がつかないままアンサンブルを始めると・・・驚きました。 「何、このハーモニー?」 混声とはかなり違う、密度が濃い響き。いわゆる密集和音独特の重厚さです。加えて、混声よりもハモる(気がする)。男声合唱っておもしろい。これも楽友会が教えてくれたことです。何曲かを練習、演奏しましたが、最も印象的だったのは「富士山」。冒頭の難解な旋律、テナーとベースの4度並行。そこから光の矢がすさまじい速さで空間を貫くかのような三和音の連鎖。テンポが変わってからの大きな展開、しつこいほどの高音の連続、そして大げさなエンディング。こんな曲があるのか。しかもアカペラ。でも上手く歌えたら、めちゃくちゃカッコいい。おそらく私はこの時点で、大学で合唱を続けるとしたら男声(ワグネル)だ、と決めていたのだと思います。 そして実際にワグネル男声で大学4年間を過ごし、卒業してしばらくは合唱から遠ざかっていましたが、15年後に地域の少人数の男声合唱団に入り、現在も続けています。麻雀の勝負に敗れ仕方なく楽友会に入った男が、今も合唱を続けているなんて、人生は実に不思議です。今となっては、私を誘ってくれた徳田君に感謝です。すべてはそこから始まったのですから。あと、麻雀の少し意地悪な神様にも感謝すべきかも知れません。 7.同期(続き) 「客席で泣いている人がいた」(ソプラノパトリ) 「3混って、すごい!」(下級生部員) 大学以降も合唱を続けましたが、あの3混ほど気持ちよく歌えたことは今まで一度もありません。全員が同じ目標を見つめて、手をめいっぱい伸ばし求めている感じ。あの一体感、気持ちと声の融合。至福の時間でした。この3混も、私は忘れることはないでしょう。 大学に入ってからひょんなことからソプラノ同期の一人が、3混について私と同じように感じていたことを知り、とても嬉しく思いました。彼女曰く、 「わたし、全混(部全員による演奏)よりも気合い入ってたから」 その発言、学指揮が聞いたら泣くよ、と思いつつ、私は声をあげて笑いました。 繰り返しになりますが、同期はみんないい連中でした。彼ら、彼女らのおかげで短期間ながら何とか高校楽友会を過ごせましたし、たくさんのことを教わり、経験させてくれました。今年の7月下旬には、本当に久しぶりに同期のうち6人が銀座で再会を果たしました。仕事や環境は違っていても、会って乾杯するとたちまちみんな学生時代に逆戻りです。相変わらずのバカな盛り上がり方をして、あっという間の3時間。年末年始の再会を約束してのお開きとなりました。 おわりに バトンは小関 健さん(高23期)に渡りました。 (2019/10/27) ■ ■ ■ ■ ■ |
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