そして今年も、斉太郎節を歌った。温かな追い出し状により楽友会から放逐されて以来は合唱から遠ざかっているので、本気で歌うのもまるまる1年ぶりである。ちなみにこの斉太郎節、トップ・テノールは最高で上のラまで実声で出さなければならないハードな曲でもある。それを久しぶりに合唱をする人間が、発声練習もそこそこに一日に何度も歌うものだから、恥ずかしながら最後のファミリー・コンサートでは声はかすれ、裏返りそうになるのを必死で抑えながらの演奏となった。決して上手ではなかった。しかし必死に、あらん限りの力をこめて歌うことができた。魂も若干吐き出してしまったかもしれない。後輩たちの歌声はやはり頼もしかった。1年生も苦労しながらも、最後まで一緒になって本気で歌いきってくれたことが、何より嬉しく思われる。普段は静かな物腰の関屋君の力のこもった見事なソロにも感動するとともに、やはりこの曲には人を変える力が宿っていると確信した。ここで得たであろう自信は、きっと次からの演奏会にもつながっていくと信じている。
そして、その夜の打ち上げでもう一度だけ、いつものように酒を飲みながら皆で斉太郎節を歌った。これが本当に合唱で斉太郎節を歌う最後になるだろう。しかし、この(悪しき)伝統は確かに次の世代に引き継がれた。私が愛し、歌うことに自信をくれたこの斉太郎節が、これからも現役の皆に愛され歌い継がれることを願ってやまない。またこの曲が、歌うことの楽しさや歌への自信を誰かに伝え、誰かを変えてくれることを、そしてその誰かの力強い歌声を定期演奏会で聴ける日を楽しみにしている。現役のみんな、がんばれ。
バトンは村山祐一(51期)さんにお渡ししました(2009年3月20日)。 |