Editor's note 2009/3

 先月、野本陽一君(7期)がBBSで、塾法学部政治学科の片山杜秀准教授が著した「音盤考現学」と「音盤博物誌」の2書(共にアルテスパブリッシング/08年)について触れておられたので、早速読んでみました。さすが「吉田秀和賞」と「サントリー学芸賞」をW受賞しただけあって読みやすく、読みがいのある、すばらしい著書でした。著者は大学の他に、塾女子校でも教鞭をとっておられるようですが、そうした本業の他に、よくもまぁこれほど該博な知識を身につけられたものと感心しました。目のつけどころが、並みの音楽学者とは違います。63年生まれということは、まだ40歳代半ばでしょう、先が楽しみです。

 ついでに、最近読んで感銘を受けた良書4冊をご紹介します。大前研一(31〜)の書は昔からかなり読んでいますが、「あなたは『低IQ社会』の一員に甘んじていないか」と問う『知の衰退』からいかに脱出するか?(光文社/09年1月)」は、現在の国際情勢と日本の現状を知る上でとても興味深いものでした。特に、現代日本の病巣を抉ると共に、著者特有の、国際的視野に立った政策提言が痛快です。しかし、その提言が実現する可能性は0に近い。何しろ日本は、「低IQ」の政治家と官僚、その他さまざまな既得権者が牛耳っており、マス・メディアも愚民化政策のお先棒を担いでいるだけのようですから・・・。

 そこで、目覚めた個人は「考える人」として「英語」「金融リテラシー」「ITを駆使した論理思考と問題解決法」を武器として、限りなくボーダーレス化した世界に飛び出すしかありません。もちろん場所は問いません。「ウェブ2.0」の今日なら、居ながらにして「バカの壁」を超えることもできるのです。

 原丈人(はらじょうじ/52〜)はその見本みたいな人です。塾法学部を出て中米に飛び、遺跡発掘に従事したという変人です。というよりも、その後スタンフォード大工学部に転じ修士となり、国連フェローとなり、起業家として欧米を股にかけた成功者になっているので、異才の人というべきでしょう。

その、最先端技術の動向を見据えた先見性と、国際的視野に立ったノーベル平和賞級の数々の有益な事業展開に目をみはります。しかし、この人の真価は、自分の生まれ育った母国を忘れない、スタンスの確かさにあります。

それが21世紀の国富論(平凡社/07年6月)」、「日本興国論―米国型経営を超えて―(文芸春秋/07年11月号)」および糸井重里氏とのWeb上の対談http://www.1101.com/hara/2007-11-19.htmlを読むと明らかになります。

特に、日本が従来のアメリカ追随型の経済体制を改め、来るべき「ユビキタス・ネット社会」時代に備えてPUC(Pervasive Ubiquitous Communication)関連テクノロジーで国力を高めよ、という提案が目をひきます。

これこそ、確かに、日本の向かうべき進路と思えるのですが、政府も官僚もマスコミも一向に反応していません。総務省が遅まきながらこのテーマに関する「政策懇談会」を開いていますが、そのメンバーにこの願ってもない真の国際人の名はありません。また、「グローバル恐慌」に直面している今こそ読まれるべきこれ等の本が、なぜか本屋の店頭には見当たりません。


 逆に勝間和代(68〜)の著書が目につきます。経済ジャーナリストの息子に聞くと、それは「一つの社会現象」とさえいわれているそうです。そこで、その代表作の一つ「お金は銀行に預けるな―金融リテラシーの基本と実践―(光文社新書/07年11月)」を読んでみました。思はずうなりました。これは一種の人生論であり、これからの乱世を生き抜くための自助論(Self help)です。

著者は塾商学部から早稲田の大学院に進んでMBAを取得。その後海外に雄飛して「ウォールストリート・ジャーナル」から「世界の最も注目すべき女性50人(05年)」に選ばれたキャリアー・パーソンです。しかも、3人の子をもつワーキング・マザーなので、若い人(特に働く女性)の教祖的存在として崇められるのも無理はありません。文章も読みやすく平易で、自然に高度な金融知識が身につくようになっています。その意味でこの書はマニュアル世代ばかりではなく、経済感覚に乏しい中高年にとっても鋭い「頂門の一針」です。

特に評者が感銘を受けたのは、著者の志の高さです。例えば著者はChabo!(Charity Book Program)の一員で、印税の20%を世界中の被災者や難民への教育・自立支援活動に寄付し続けています。また、この本の最終章で、SRI(Social Responsible Investment)への投資を推奨しています。これは近年、特に欧米で脚光を浴びている「社会責任投資」のことで、儲けの期待値だけではなく、投資先企業の社会的責任に対する取り組みと実績を評価した選別投資を意味します。

なるほど、日本でもこの関心と投資が高まれば、著者が最終章でいう「金融には、政治と同じように社会を変えうる力がある」ことに合点がいきます。それにはお金を銀行で寝かせているだけではダメだ、目覚めよ個人!ということになるわけです。確かに今や、そこにしか既成の価値観や国家の枠組みを超えた、真の自由はないのかもしれません。

 最後はもう一度音楽に帰ってオペラの話。つい最近永竹由幸(38〜)という人が監修した「DVD決定版オペラ名作鑑賞シリーズ(全10巻/世界文化社)」の第I部が完結し、最終巻「トスカ」が発売されました。これとよく似た「魅惑のオペラ(全20巻/小学館)」シリーズもありますが、こちらはDVD1枚で単価3,780〜4,935円。それに対し、この永竹監修版はDVD2枚で4,560円(Amazon価格/送料共)と割安です。また、この版は監修者自身が選んだ極めつきの演奏陣と、その解説文が興味深いので、早速入手し堪能しました。

実は、この監修者は楽友会と縁があります。島田孝克(6期)君と同期で、学部時代に「オペラ研究会」を創部した仲間、ということです。慶應義塾創立百年祭(58年)では、若杉弘(3期・芸大在学中)君の指揮で、故中村邦子さん(ソプラノ)と一緒に島田君もメノッティの「電話」を演じ、永竹氏がその演出を担当したという逸話も残っています。

大変な努力家で、商学部に在籍しながらもイタリア語を習得して三井物産に就職。同社から修業生としてボローニャ大学に留学、その後ミラノ支店勤務のかたわら、オペラの本場で見聞を広め、イタリア人と結婚して「ヴェルディー伝」等を翻訳出版し、着実にオペラ研究家としての地歩を築きました。 

そして物産を退職後は芸大講師、昭和音大教授そして現在の尚美学園大学客員教授を歴任し、今や「オペラ名曲百科上・下(音楽之友社/84年)」他、数々の名著でも知られるオペラ界の泰斗となりました。趣味と本業を両立させた羨むべき人生で、その人が欧米各地を逍遥し、豊富な実体験を基にまとめたのがこのシリーズです。面白くないはずがありません。新国立劇場に行けば若杉芸術監督のオペラ実演、家ではこのDVD鑑賞と、楽友会オペラ・ファンの興趣はつきません。(オザサ・3月7日)

 内藤君を労う毎年、新年会会場の受付には、幹事年度の受付係は当然のことですが、十年一日のごとく受付デスクの真ん中に座っていたのは内藤哲夫君(11期)でした。楽友三田会が始まって以来、ずーっと内藤君以外の顔は浮かんできません。彼は万年会計幹事であり続けました。細かくて面倒で、間違いは許されず、責任の重い仕事をやり続けてくれたのです。

今年の会場に行くと、今までと変わらず、内藤君が待ち構えていました。しかし、これでやっと会計幹事の役から降りて、市田君(20期)に引き継ぐのだと、晴れやかな顔をしていました。本当に長い間、ありがとうございました。誰もが内藤君の献身的な貢献は忘れません。

 福澤諭吉展と下町散策と神谷バー今日は楽しそうな企画が実施されました。HP技師は当初、ゼミの学生との合宿が予定され、山形蔵王に行っているはずでした。しかし、2月25日から3月7日まで、訳のわからない入院騒ぎで動けなくなり、合宿もやむなく中止となりました。今日=8日、家で大人しくしているところに、小笹主幹から

「これから河童橋、結局15名ほどで神谷バーです。悪いね」

というメールが11:13に入りました。指をくわえて、主幹の報告を待ちます。

 卒業式のシーズンにフォーフレッシュメンのレコードを初めて聴かせてくれたのは、今月の冒頭で紹介された野本さんや同期の栗原さん(11期の半田(旧姓栗原)さんのお兄さん)でした。デュエットというジャズのレコードを聴かせる小さな喫茶店が渋谷恋文横丁の路地にありました。1948年、FFはインディアナポリスのバトラー大学の1年生4人で結成されました。2年生になることなくプロ活動に入り、ついに卒業することはありませんでした。

昨2008年は、FFの結成60周年還暦の年でした。オリジナルメンバーのロス・バーバーとボブ・フラニガンは80歳を越して健在です。同年5月10日、バトラー大学のフォン学長は二人に”Doctor of Arts”の名誉博士号を授けました。

60年経って二人は大学を卒業したのです。アメリカの大学には温かい人間らしい血が通っているように思えます。因みに、残りの二人は若くして亡くなっています。(わかやま・3月8日)


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