演説館(FORUM)

岐路に立つ楽友会

 

小笹 和彦(4期

§1 祝・野球部!

春の六大学野球で11シーズンぶりにKEIOが優勝した。エースや強打者が卒業した直後であり、「投手陣が手薄となった今年の慶應は弱い」と噂されていただけに非常に嬉しかった。だが喜んでばかりはいられない。そういうことになるとすぐそこから何か教訓を得ようとする貧乏根性が出て、いろいろと考えこんでしまった。

先ずこの優勝をもたらした原動力は何か?新監督・江藤省三氏(66年・文)の功績に帰するのが順当だろう。だが同氏が陣頭指揮に立ったのが前年11月と知ると<待てよ>と思う。いかに優れた監督でも、半年もたたないうちにその成果を実らせることはできないのではないか?

そこでいろいろ調べてみたら案の定、三つのパワーが有効に機能した結果であることが分かった。一つはOB会の指導力、次いで伝統の力、さらに一貫教育校としての強みである。

「OB会の指導力」というのは、この場合、6大学野球史上初のプロ野球経験者を監督に迎えるお膳立てをし、人選し、その人を監督に据えたことで、これはOB会の功績である。05年、日本学生野球協会は人気低迷から脱するための抜本的な制度改革を行ない、その一環として「プロ野球経験者でも退団後2年を経過した人材は監督にしてもよい」という規約改正を行った。それを受けてOB会はいち早く江藤氏に白羽の矢を立て、関係者と協議・折衝を重ねてその新指導体制を実現させたのである。

ご承知のように、同氏は塾卒業後巨人軍に入団。現役引退後はコーチ、スカウト、二軍監督、さらにはNPO法人“Japan Baseball Academy”を設立して野球教室を開催するなど、野球人育成に尽力してきた、他では得られぬ人材であった。

「伝統の力」を測るには縦軸と横軸がある。横を創部以来の経過年数とすれば、縦軸は価値観の共有度を示す。いくら横軸が伸びても部活特有の価値観がなく、しかも構成員がその価値観を共有していなければ縦軸のポイントは低く、その組織は単に「馬齢を重ね」ただけで、年とともに老いて滅びる。

だが塾野球部は創部122年の歴史があると同時に、“Enjoy Baseball”というユニークなスローガンを掲げ、OB会から塾高を始めとする付属校全てが一枚岩の結束を示しており、六大学野球リーグの名門校中でも屈指の好位置にプロットされる。

そこにこそ伝統の「光輝」が満ち、全国から「若き血に燃え」た「精鋭」の列が絶えない。江藤氏にせよ、助監督に就任(10年1月)した竹内秀夫(77年・政)氏にせよ、さらには後述する塾高野球部監督の上田誠氏(66年・経/91年就任)にせよ、自校OBだけで優れた現役の指導陣を構成することなど、伝統の浅いチームには思いもよらぬことだろう。

ちなみに竹内助監督は現役時代に法政の江川選手と投げあった優秀な投手であり、卒業後は実業団球界で活躍。現役選手引退後も明治安田生命チームの監督を立派に務めあげた人である。この人あればこそ、江藤監督は安心して投手陣の指導を竹内氏にまかせ、自らは他の野手の錬成に専念することができたのである。

「一貫校の強み」とは、幼稚舎から大学生までが、内部進学者に外部入学者を加えながら一つの母校愛と兄弟愛に結ばれ、一定の技術を相互に研鑽して磨き合いつつ成長していくという、不即不離の活動を続けられる環境が整っていることだ。

そもそも現在の野球部の源流は普通部にある。1916(大正5)年、夏の第2回甲子園大会で優勝し、全国にその名をとどろかせた。その栄光の輝きが塾高、さらには大学野球部に及んでいるからその根は深い。

現在の大学野球部員は170名だが、その内67名(約40%)は付属高校からの進学者で、内47名が塾高出身者である(他に志木:9名、SFC:8名、NY:3名)。従ってこの人たちが大学野球部のコアでありその実力を左右する。現に塾高野球部が05年の甲子園大会でBest 8に進出して以来、大学野球部の戦績も確実に上昇し、それが今回の優勝につながっている。

さらに見れば、塾高野球部には2、3年生だけで130名を超える部員がいるが(全学同学年生の約10%)、その内の36名(約30%)が普通部と中等部からの進学者である(各18名)。中等部もその前身である商工学校が、1929(昭和4)年に甲子園春の大会への出場を果たしており、その伝統が今に及んでいるのだ。

こうして塾内各校の野球部は、それぞれ独立した組織でありながら、一本の木になる枝のように、一つの運命共同体として存在している。その意味で前述の上田塾高野球部監督が、大学が優勝した直後の高校の練習前に、全部員に語った次の話が真に感銘深い。

 「慶應義塾は幼稚舎、普通部、中等部、湘南藤沢、志木、と共に(君たち全員が)大学野球部に関わっている。皆が優勝に関係しているんだ。そういう意識をもとう」(下記URLの塾高野球部のホームページ中「監督の独白」6月3日付ブログによる)
http://www.hs.keio.ac.jp/clubs/baseball/

ちなみに上田氏は現在塾高の英語の先生だが、塾高野球部のOBというわけではない。むしろ高校時代は湘南高校野球部員として塾高の好敵手の一人であったはず。それだけにこのスピーチのもつ意義は限りなく重い。

同氏が上梓した「エンジョイ・ベースボール―慶應義塾高校野球部の挑戦(NHK出版/06年)」は、楽友会員としても学ぶところが多い好著である。優れた実戦的組織論であり経営学である。野球ファンならずとも、ぜひ皆さんに一読をお勧めしたい。さらに興味がわいた方には辰濃哲郎氏という、上田監督と同期で活躍した野球部OBのジャーナリストが著した「マイナーの誇り―上田・慶應の高校野球革命(日刊スポーツ出版社/06年)」がある。上田氏に密着取材した貴重なドキュメントである。なお「マイナー」とは、試合当日にベンチ入りを果たせなかった選手たちの意。

     

§2 楽友会の現状

翻って楽友会の現状はどうか。現在、塾には三田会、大学、高校(塾高・女子高)に「楽友会」という名の4組織があるが、一言でいえば野球部と対極の状態にある。一個人の意見ではあるが、ホームページ「楽友」編集人としてみてきた状況は次の通りである。

@ 大学楽友会の定期演奏会を聞きに行く他の楽友会員は非常に少なく、安価な料金にもかかわらず、会場には空席が目立つ。

A 高校楽友会の定期演奏会を聞きに行く他の楽友会員はほんの僅かで、入場無料にもかかわらず、会場には空席が目立つ。

B 当然、現役も卒団生のほとんども相互の活動に無関心である。大学と三田会とは辛うじて夏の交歓会と正月の新年会、それに双方の定演で顔を合わす機会があるが、人数は限られており、その場限りの談笑で終わっている。

C 高校は全く孤立しており、定演に行って「OBですが」と名乗っても、「あ、ワグネルの方ですか」といわれるのがオチである。塾高の音楽の先生は部長ではあるが直接の指導はしておられない。女子高の、かつて楽友会に籍を置かれたこともある音楽の先生も、現役の活動とは無関係だそうだ。従って選曲、指揮全てが生徒の自主運営となっている。

D 大学の常任指揮者は初代の岡田先生退任後、92年から外部の栗山文昭氏に代わった。そしてそれ以降、会員間に目に見えない断層が生じ、大学現役の活動は徐々に変容した。岡田時代の三田会員と栗山時代の会員が共に合唱し、交歓したのは02年の50周年記念行事1回限りのことで、岡田時代の会員は栗山氏の指導理念や人となりを全く知らないまま、ただに次の現実を知るのみである。

高校楽友会との縁は断たれ、大学楽友会は新たに同氏の主宰する「栗友会」という合唱サークルに加わり、その一翼を担っている。定期演奏会では古典的名曲の合唱演奏が鳴りをひそめ、メイン・ステージではシアター・ピースなる「合唱芝居」が演じられている。そして当然のように「4年に一度はとりあげる」慣例だった「モーツァルトのレクィエム」は、97年以降の定期演奏会プログラムから姿を消した。

E 大学に「理事会」という組織があり、三田会と大学双方から選出した理事によって年に数回の話し合いが行なわれている。だが、議事録が公開されたことがなくその意義と内容は不透明である。まして、理事会決定事項の最終承認権限は大学側にあるので、三田会側が何らかの意見を主張したとしても、それが最終決定に至る可能性は極めて低い。

F 「楽友三田会合唱団」という組織があるが、その性格もあいまいになっている。三田会は長年にわたって年額10万円の補助金を支出し続けているが、その運営には一切関与していない。その意味でこの合唱団は、他の楽友会員が参加する合唱団と同じ一つの独立団体に過ぎないが、ここだけに補助金を支給するのは不公平感が否めない。これを三田会の公式部会として認めるなら話は別だ。ただし、その場合には三田会として、補助金支出の必要性と金額の妥当性、あるいは運営上の重要事項を、代表幹事会または総会で審議する必要があろう。

G その「代表幹事会」という組織もあいまいな存在で、会長の諮問機関なのか会員の総意を代表する機関なのか明らかでない。出席率は極めて低い。各期2名の代表全てがそろえば定数110名のはずが、いつも20名程度しか集まらない。議決に必要な所要人数の定めがないから、議事は概ね「その場の空気」で決まる。しかもその内容は簡略な結果だけしか公知されない。従っていわゆる「無関心派」は増加する一方で、総会も単なる形式に過ぎない。

無関心派の多さは年会費支払い人員(全体の約40%)の少なさや、新年会通知の往復ハガキによる出欠問い合わせに、返信ハガキを投函すらことすら怠る会員(全体の約60%)の多さを見れば明らかである。特に若い世代にその傾向が顕著である。

H 三田会には年2回郵送する「会報」と、オンライン更新のホームページ「楽友」という2種の公式広報メディアがあるが、それぞれの特色を生かした活用がなされているとはいえない。経費節減の観点からも再検討すべきであろう。

I 過去はもとより現在の貴重なデータや資料類は、個人的に私蔵されている物の他どんどん失われていく一方で、共有の知的資産として保存、維持、管理されることがない。

J 各組織と成員に共有する伝統的価値観やDisciplineはなく、共通のヴィジョンもなければ長期的運営プランもない状態が続いている。

K 現役会員数は高校・大学共徐々に減少し、特に高校は一時改名や廃部の危機に瀕したと聞く。若干もち直しているものの、かつての面影はない。全体に会員数の長期低落傾向は否めず、全学の学生数増加と比較してみれば、楽友会員数は伸び悩み、相対的には衰微している状況が明らかである。

     

§3 楽友会の今後

「栄枯盛衰は世のならい」、「歌は世につれ、世は歌につれ」、「覆水盆に返らず」、「本会は会員相互の親睦とこれを通じての会員各自の精神生活の啓発と向上を目的とする(楽友三田会規約第2条)」という名文句が次々と頭に浮かぶ。それにもう随分年もとった。だからもう<このままにしておけばいいじゃないか>という気分は強い。

だがその一方、野球部の活躍を知って素直に大喜びする母校愛や、ささやかな生涯ではあるが、楽友会という存在があってこそ、今日まで心豊かに暮らしてくることができたという感謝の念が相まって、<楽友会をこのままにしてはおけない>といった焦燥感が募る。

楽友会は今まさに岐路に立っている。再興させるなら、今すぐその事業に着手しなければ手遅れとなる。楽友会という名称だけは残り、仲間内で75年あるいは100周年の時を祝うことはできるかもしれない。でも、そこに現役学生の姿はないだろう。それはこのホームページで度々触れた「カトリック栄頌会」90周年記念行事の侘しい光景と似たものとなるだろう。

そうならないためには今何をなすべきなのか。幸いなことに、塾には100年を超えて活動を続けているクラブがいくつもある。野球部、ワグネル、マンドリンクラブ等が、分けても楽友会の範となる。そこに通底する原則を見出し、それを楽友会流に適用すれば、再興の道筋が見えてくるはずだ。私流の理解では次のような対策がその基本である。

@ 何よりも先ず「高校楽友会」との関係を改善する。かつての密接不可分な提携関係を復活し、その活動を支援して合同の演奏活動を実現させる。もちろん高校・大学現役の理解と協力が不可欠の要素となるし、現在の断絶状態を考えれば、粘り強い、継続的なアプローチが必要となる。

A 同時に、拡大発展を続ける塾キャンパスと塾生の増勢に歩調を合わせ、楽友会の底辺を広げ、現役人員増を図る。大学と三田会の密接な連携作業が不可欠の前提要件となるが、当面の提携拡張先をSFCの中等部・高等部合同の合唱部(混声)に絞って話し合いを進める。

B こうして塾内における「楽友会」の地位を不動のものとし、存在感を高め、知名度を上げていく。そのために三田会主導型の新組織、「楽友会ファミリー」を構築する。

「言うは易く行うは難し」で、これらを実現するのは容易ではない。それぞれに相手のあることだし、多くの労力、経費、時間を要することだろう。

だがこれまた幸いなことに、再興への機運は既にその兆しを見せ、若返った楽友三田会役員会が、深井新会長を中心に既に4回の“AGFC Project Meeting”を開き、着々と「オール楽友会ファミリー」が一堂に会し、音楽を通じて真の交流を深める機会を設営してくれつつある。

また「規約改正委員会」も始動し、「会報第59号」によれば、例えば「楽友三田会の目的に、現役の活動に対する支援を加えてはどうか」といった事項を検討するらしい。

これらは楽友会始まって以来の画期的な事業である。大半が2X期に属するこの新役員たちは、ちょうど楽友会員の中間世代に位置する人々であり、社会人として最も脂ののった年代の仕事師たちである。任期は2年だが、前任者は再任を重ねて20年も基礎固めに尽力してくれた。学生時代には卒業という上限があるが三田会にそれはない。だからじっくりと腰を据え、抜本的な楽友会再構築に取組んでほしい。

最大の懸念は、どれだけ皆の関心と協力を集めることができるか、ということだ。今までは「親睦」を旨としていたから多少の旗振りでは人は動かない。だがそれでは真の改革はおぼつかない。先ずは新役員の皆さんが率先してこのホームページを活用し、全会員がこの媒体を通じて活発に意見交換する気風を醸成してもらいたい。

必要ならこのホームページでアンケート調査するのも一法である。最近はやりのツィッターという手もあるがそれでは短絡に過ぎよう。せめて「携帯ページ」、できればPC上のBBSやForumを利用し、ネット会議の実を上げようではないか。それが総意を結集する現代の王道と確信する。せっかくの「公式ホームページ」。皆で活用し、皆で明日の「楽友会」を築いていこう!(2010年7月14日)


編集部注(わかやま):江藤省三監督の就任の記事をはじめ塾の野球部(大学も高校も)情報を掲載したページがあります。⇒しょうすけレポー