リレー随筆コーナー

楽友会と二人のピアニスト


博多 信子(22期)


今からもう40年も昔になる高校・大学の楽友会での活動を通して、私は二人の素敵なピアニストに出会いました。今日はそのお二人について書きたいと思います。

1人目は、花岡 千春さん。

高校3年間の楽友会で燃え尽き症候群になったんだか何だか、私が大学で楽友会に入ったのは3年の時でした。その年の暮れの定期演奏会のピアニストが「花岡千春」さん。藝大の3年生とのこと。初めて練習に現れる前は、こんな美しいお名前、一体どんな可愛らしい女性だろうと、男声陣は興味津々の様子。そして登場した“彼女”を見て、一同唖然!なんと“彼女”は男性だったのです!いえいえ、今話題のLGBTではありません。ただ単に、女性に間違われやすいお名前だっただけです。

3年の時には佐藤 眞の「旅」、4年の時は團 伊玖磨の「岬の墓」を彼の伴奏で歌いました。とても気さくな性格で、歳も近かったのでみんなともすっかり仲良し。

4年になったばかりのある日、彼のアパートにパートリーダーたちでお邪魔して、演奏会の曲決めなどについて話をした時に、私たちの無茶振りリクエストに応えて、お部屋のほとんどを占領しているグランドピアノで、曲名は忘れましたが1曲弾いてくれました。ピアノとの距離はわずか数十センチ。至近距離で聴く演奏はストレートに胸に届き、その時のドキドキは今も忘れません。大学院を卒業してパリに留学されるまで4年間、千春さんは楽友会の伴奏を引き受けてくださいました。

卒業して音信不通の状態が続いていましたが、30代後半の頃、ふと思い立って彼のご実家(松本市)に年賀状を出したのがきっかけで、ふたたび交流が始まり、演奏会のご案内をいただくようになりました。

1999年には、芸術祭参加公演として開催したソロリサイタルで文化庁芸術祭音楽部門大賞を受賞。彼の伴奏で歌った人たちに声をかけてお祝いにワイングラスを贈り、皆で渋谷の小さなレストランでお食事をしたのが良い思い出です。

フランスものがお得意ですが、日本のピアノ曲も積極的に取り上げています。また、歌の伴奏のうまさには定評があり、多くの歌手が彼の伴奏で録音やリサイタルを行っています。

ピアニシモがホール全体を包んで心臓の奥深くにまで響いてくる彼のピアノ。数年前から、国立音楽大学の副学長として忙しい日々を送っていらっしゃいます。


もう1人は、金井 まこと さん。

高校楽友会の2年後輩です。高校時代からメッチャメッチャピアノが上手。というか、何でも耳で聴いた通りに弾けちゃう。移調なんておちゃのこさいさい。十月祭や日吉祭の「みんなで歌おう!」のコーナーでは、Y縣さんの後継者として、どんなリクエストにも自由自在に応えてくれました。

そんな彼、大学は文学部に進み、卒業したと思ったら藝大の声楽科に入っちゃった。それで歌手になるのかと思ったら、今ではピアニストとして大活躍しているんです。

2012年6月に高校楽友会の卒業生によるオムニバス形式のコンサートがあったのですが、この時、「あらかん☆ぱーにゅ」という「Around還暦」のグループで2曲歌いまして、その伴奏を金井君にお願いしたら、忙しいスケジュールの合い間をぬって引き受けてくれました。いや〜、すごかったですよ!彼のおかげでみんなノリノリで歌いました。さらに、打ち上げでは、Jammin’Zeb(という4人組のイケメン実力派ヴォーカルグループ)のSimon君の歌に即興で伴奏をつけちゃうんです。しかも、彼が歌いやすい調性にどんどん移調して。高校時代の金井君が超グレードアップして帰って来た感じでした。その後、テノール錦織 健の伴奏でNHKに出演しているのを偶然見かけ、慌てて一発録画。決して消去できない録画となりました。
 
ネットに掲載されているプロフィールによれば「クラシック、ジャズ、ミュージカル、ポップス、演歌に至るオールラウンドな幅広い技術と即座の移調能力、歌にピッタリ寄り添う柔軟な音楽性は、他の追随を許さぬオンリーワン的な存在として多くの信頼を集めている。」とのこと。皆さんもどうぞ応援してくださいね♪

以上、楽友会を通して知り合った二人のピアニスト。楽友会には他にもたくさん、音楽の世界で活躍している方がいらっしゃるのでしょう。そんなお話も、機会があったら是非聞かせてください。(2016/2/29)

 バトンは同期の幹事長だった、高瀬雅人さんにお渡ししました。(2016/4/17)

    


編集部注 昨年、博多さんの父上がお亡くなりになり、「落ち着くまで原稿を書くのを猶予します」と連絡していたのですが、今晩、原稿が届きました。

2012年6月のオムニバス形式のコンサートというのは、前年の第1回のAGFC(All Gakuyukai Family Concert)に学事日程の関係で高校楽友会が参加できず、その上、継続的なAGFCの開催が立ち消え、それを残念に思う有志が開催したAKGC(All Koukou Gakuyukai Concert)のことです。素晴らしい企画でしたので、今後も続くようにと願い、編集部は本HPに「楽友会合唱フェスティバル(FEST)」というカテゴリーを設けて受け皿のページを用意したのですが、ご承知の通り立ち消えのままです。

「千春」という名前を聞いてかっぱ爺さんは猪谷千春を思い出します。だから、名前を見て女性と思いません。アルペンスキーでオリンピック銀メダルを取ったのは彼一人です。南千島列島国後島出身で、1931年5月生まれで「千島の春」から千春と名付けられたのだそうです。父親、猪谷六合雄氏のスキー英才教育があって初の日本人メダリストとなりました。因みに、金メダルはトニー・ザイラーでした。(2016/2/29・かっぱ)


猪谷千春, 1952


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