リレー随筆コーナー

長谷川先輩に囲碁を教わる―そして「王座戦」へ―


 長谷 光男
7期)


 この原稿を書き出す少し前まで、私の心の中は「申し訳なさ」と「悔しさ」と「後悔」の念で一杯でした。何故か? 実は、小笹さん(4期)から11月半ばに「貴君と囲碁、さらには長谷川先輩との縁等々、囲碁にまつわる楽しい想い出の一端を、ぜひ「楽友」ホームページで皆さんにご披露ください」というメールが入りました。そこで私は「12月まで待って下さい」とご返事したのですが、それは12月14日に行われる、地元の囲碁倶楽部の「王座戦」決勝戦に優勝してから書こうと、<獲らぬ狸の皮算用>を決め込んでいたからです。ところが1勝2敗で敗けてしまい、その目論見は見事に外れてしまいました。という次第で、本当はこの原稿を書く意欲をすっかり喪失してしまったのです。それでもお約束は守らなければなりません。そこで、こうして原稿を書き始めたのですが、そこにはやはり、今日までご指導頂いた長谷川さん(1期)のご期待に添い得なかった<申し訳ない>と思う気持ちと、一方で、そのご親切に深い感謝の念を表明する気持ちがないまぜになっている、と自覚しています。

 もうかれこれ2〜3年前になるでしょうか、長谷川さんから「囲碁をやりましょう」という、嬉しいお誘いの添え書きのある年賀状を頂きました。早速、長谷川さん・橋本さん(共に1期)、豊岡さん(8期)そして私の4人が集まり、横浜の碁会所で対局し、それからは月に2回、長谷川さんに個人レッスンをして頂く事になったのです。ご指導を受ける度に「囲碁」とは何と不可解な世界なのか、そして何と素晴らしい世界なのか、という事を初心者なりに感じました。それはまるで、天文学者が宇宙を観察する度に味わう神秘さ、奥深さにも似た感じではないかと思えました。

コーラスで使うテキストを楽譜と言うように、囲碁で使うテキストを棋譜と言いますが、長谷川さんにご指導頂くようになってから、お手紙と一緒に手書きの棋譜(1回に数枚分)が送られてくるようになりました。棋譜1枚には、3〜4の異なった局面設定の図が書かれており、その脇には、その手筋の狙い、もたらす効果、重要なポイントなどが丁寧に解説されているのです。そうした棋譜が今では83枚もファイルされています。約250以上の局面が展開されている事になります。これらは、そのお手紙と共に私の大切な宝!となりました。最初のお手紙の終りに「負けなければ強くなりません。ドンドン負ける事」と書いてありました。いかにも長谷川さんらしい、生徒をリラックスさせてくれる、励ましの言葉です。しかし、ある時の手紙には「考えても分かりません。これは定石です。丸暗記してください」とか「以上が今日練習した囲碁の復習棋譜です。これを何回も並べて次回までに覚えてください。テストします」と書かれている事もありました!

 長谷川さんの実技指導は、その日の初めに、用意されたテーマに従って何回かのレッスンがあり、「ではこれから本番」という事で始められます。が、途中の局面で必ず今教わったレッスンの形が導入されるのです。これは習う者にとって非常に有難い事です。一方で、長谷川さんの呼び掛けに応じ、囲碁の好きな仲間増えてきました。現在では11名となり、内藤さんの発案で「楽友囲碁サロン」と名付けられました。高段者から私の様な級位者まで多彩なメンバーです。この「サロン」については、先般、中濱さんが「楽友」ホームページに紹介をしてくれていますので、それもぜひお読み頂きたいと思います。

こうして「楽友囲碁サロン」が出来上がる間も、長谷川さんの個人レッスンは続けられ、お陰様で地元囲碁倶楽部でも当初6級だったランクが5級、4級へと上がって行き、級位者で行われる年に1回の「王座戦」に参加するようになりました。今年11月の例会で行われた「王座戦」予選を勝ち抜き、12月に入っての上位6名による決勝トーナメントでは1回戦をシードされ、2回戦を勝って愈々12月14日に決勝戦を迎える事になったのです。この事を長谷川さんにお伝えすると共に、直前のご指導を仰ぎました。快く引き受けて頂き、尚且つその日は「王座戦」用の特別メニューによるレッスンとなりました。相手がどう出るかを予想し、色々な変化に対応した打ち方を教えて頂きました。とても覚えきれるものではありませんので、色々な局面の変化を用意してきたカメラに収め、帰宅してからそれらを復習しました。

 さて12月14日が参りました。相手は一級の方で、三番勝負です。規定により私には前以て盤面の隅にある印(星と言います)の3か所に黒石を置けるハンデが与えられました(これを3子局と言います)。1局目はものの見事に相手に圧勝しました。しかし、2局目は相手が初手から戦法を変えてきたため、それに惑わされて負けてしまいました。いよいよ最後の一番となりました。序盤から中盤にかけての戦いは(周りで観ていた人の話ですと)、私の圧倒的に優勢な形で展開されていました。そのまま終局に至ればよかったのですが、勝負事ではそう簡単に問屋が卸してくれません。碁石が盤面に沢山並んでくると、この先どのように打てば、どの石がどの石と関連付けられて、どう繋がっていくのか(或いはその逆に、どのように断ち切られるのか)、全く判らず頭が混乱してしまいました。その結果、見事に逆転負けを喫してしまいました。

 日経新聞に「交遊抄」というコラムがあります。12月15日は東京大学医科学研究所所長・清野宏氏が寄稿していました。前日の負け試合に悶々としながら読んでいたら、彼の留学当時の恩師であった米国アラバマ大・ジェリー・マッギー名誉教授の、清野氏に対する励ましの言葉が載っていました。「No Problem。過去からは学ぶが、振り返らず前進あるのみ」と。これを読んで、そうだ!と思い、私もこの言葉を頂戴し、来年も地元囲碁倶楽部の「王座戦」に挑戦したいと思っています。これまでも親身になってご指導を頂いた長谷川先輩を初め、「楽友囲碁サロン」の皆様に、今後ともよろしくご指導下さいますよう、改めてお願い申しあげる次第です。(2014.12.18)

    


編集部注 文中にある「楽友囲碁サロン」の紹介です。碁を好きな方は是非参加してください。

また編集ノート12月号には昭和の碁聖と呼ばれた呉清源さんの100歳の訃報記事があります。