リレー随筆コーナー

『スコアー譜』随想



角谷哲朗(15期)


「ヴァイオリンの方から音出し下さい!」のエンジニアのトークバックに、スタジオ内の1st×8名&2nd×6名の14人が一斉に弾き始め、「次、ビオラ&チェロの方お願いします」とミキシングの音決めが続いてレコーディング準備が始まった。

隣りに居る千住明さんの「角谷さん、弦のマイクをもっと高くしません?」にエンジニアとスタジオに入ってマイクの位置調整をし直し再度テスト演奏をもらうと、あきらかにストリングスの音色がまろやかな響きに変わった。


千住 明・真理子兄妹と筆者

続いてアシスタント青年の「真理子さんスタジオ入りです!」の声に、にこやかにストラディバリを抱えてストリングスメンバーの前に立った千住真理子さんの弓がデュランティを奏で始めると、その音色が24名もの弦の音量を超えて調整室のスピーカーから美しく流れはじめ、今日も乃木坂ソニースタジオでの緊張かつ珠玉の時間が始まった。

レコード会社のサラリーマンとして定年までの間に、こうして大衆音楽を主に2000曲に及ぶレコーディングでスタジオ内でどれほどの時間を過ごしてきたかを想うにつけ、そのきっかけとなった高校1年時に出逢ったあの感動の時を想い出す。

1963年の早春、高輪・伊皿子のNHK交響楽団リハーサル室で、大学楽友会との合同での「シユ―ベルトEs Durミサ」を、楽友会の先輩・若杉弘さんが指揮棒を振り始めた瞬間の身体に走った電撃が、昨日のように鮮やかに甦る。

今思えば、あの時の感動がその後の自分の人生を決めてしまった出来事だった。

『…音楽に携わる仕事で生涯を生きたい…』の想いが、その後の50数年の自分史に繋がって、結果今日を迎えている。

その運命の日から更に遡る事3年、普通部1年の春に毎日図書室で会う美少年K君の不思議な書籍に興味を魅かれた。覗き込むと両ページいっぱいに埋め尽くしているのは活字ではなく、五線紙と音符の洪水が膨大なページ数に及ぶ書籍で、表紙もドイツ語で解読不能の装飾文字のタイトルだった。

翌日も翌々日も不思議な書籍に没頭しているK君に恐る恐る訊ねると、温和な笑顔で答えた「交響曲のスコアー譜さ」の回答に度肝を抜かれた。「彼はこのページを埋める膨大な数の音符を一瞬に解読しているのか!」

幼少時に3/4サイズのヴァイオリンを2年間習わされた事はあったが、ほとんど読譜力も付かなかった自分とは別人種のK君にいつしか憧れを抱いていた。

そんな彼が塾高に進むと迷わずに楽友会に入部し部室に出入りする姿を見かけて、自分も迷いながらも入部し、その年に「変ホ長調ミサ」のピアノ伴奏付混声合唱譜面を手にするが、交響曲のフルスコアー譜には及ばないものの、中学1年時のK君に少し近づけたと気分が高揚したのを憶えている。


15期有志の新年会

その後K野君は人望厚く同学年の混声指揮者として活躍、結果永い付き合いとなったI上君,O橋君,K村君,S籐君,S君,T口君等の同期生に恵まれ、楽しい3年間を過ごせた運命に感謝している。

レコード会社を卒業した現在も、メーカーからの原盤音源制作依頼をいただく有りがたい立場で、日々の仕事場でその日その日のプロジェクトのスコアー譜を開く度に、50数年前の少年が初めて『スコアー譜』に出逢ったあの日を懐かしく想い出します。

楽友三田会には1999年の「フォーレ・レクイエム」から参加させてもらい、50周年のサントリーホールでの「モーツアルト・レクイエム」ではEMIの後輩のクラシックエンジニアとライブ録音をスタートさせてからステージに上がり、筑紫先輩の隣りで歌わせていただいたのも大切な想い出です。

結果、自分の人生のきっかけになった高校楽友会との出逢いに感謝しつつ、現在は2014年から『羅漢』に参加、眼病と闘いながらの拙い読譜で、毎週R亮先輩&F井先輩にしごかれる楽しい日々を送っています。

(2019/2/11)

    


編集部 角谷君が復活!一度は受け取ったバトンを、原稿が書ける状態でなかったため原稿書きはパスし、バトンリレーだけと同期の人たちに頼んでも次々と断られ、9期の市村正明君にたどり着いたというのは去年の前半の話だった。

そして、原稿が書けるような状態にもどり、今日、原稿ファイルが送られて来ました。嬉しい限りです。先日の新年会でも彼に会い話をしましたが、リレー原稿だけでなく、京都の寺でかっぱの従弟と出会い、何か一緒にやることになったようです。奇遇ですね。

千住兄妹の父上は工学部管理工学科の教授で、私たちの優しい先生でした。慶應工学部の前身である藤原工業大学時代の卒業生です。真理子ちゃんがストラテヴァリを弾くことになって、キューを買ったのだが「うん百万だった」という話を聞かされた。

楽友の皆さん、自分にリレー随筆のバトンが回って来て断るのいうのは、楽友会人として勿体ないことと思いませんか?自分の名前をHP「楽友」に残すいい機会だとは思いませんか?(2019/2/11・かっぱ)


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