リレー随筆コーナー

私の音楽“変”歴書
〜合唱とオペラ〜


小林 昭裕(43期)


この度、同期の佐藤雅代君からバトンを受け取り、エッセイを書くことになりました(彼女は、私が音楽監督を務める混声合唱団ブルーメンクランツの団長でもあります)。

楽友会には音楽家になられた先輩、後輩が少なからずいらっしゃいますが、それでも一般大学から方向転換して音楽家になるというのは珍しいと思いますので、少しばかり私の音楽“変”歴を書いてみたいと存じます。


都会育ちの方は信じられないでしょうが、子供の頃の私の田舎では、「音楽は女がやるもの。男は運動。」という古い因習がはびこっておりました。しかし、音楽が好きだったので、小学生の頃から隠れてピアノを習っておりました。同級生に馬鹿にされるのを避けるために、レッスンに行くときはそれこそ忍者のように隠密行動でした。

中学生となり、部活は合唱部に入ろうと心に決めていました。が、なんとホームルームの時間に、みんなの前で先生に出席番号順に行きたい部活を申告するというシステムだったのです!私の前の連中が全員体育会系部活を宣言したために、心ならずも父が学生時代にやっていた「男子バドミントン部」と答えてしまったのでした。思春期に男っ気しかない部活で2年半を過ごしましたが、3年生の大会で敗れた翌日に合唱部の顧問の河俣和子先生(先生は昨年全日本合唱コンクール中学校の部で全国金賞を受賞されました!)から電話がかかってきました。曰く「あんたバドミントンでは花咲かんかったけど、合唱で花咲かせてみいや」。音楽好きとしては渡りに船、しかし「バドミントンでは花咲かんかった」という部分が引っ掛かり、不承不承音楽室に向かったのですが、女子とフルーツバスケットをやるという時間があり、「こんなに女子と触れ合う時間があるとは、合唱とはなんと素晴らしいのだろう!」と悟ってしまいました。冗談はともかく、その時のNHK音楽コンクール三重県大会では銅賞を獲得し、「合唱ってちょろいね」、と思ったのも束の間、金賞受賞校の女声合唱、カプレの《三声のミサ》を聴いたとき、余りのハモリにタマげてしまいました。人の声はハモるとこんなに美しいのか、これが合唱なのか!、と。

高校は固い意志で、最初から合唱部に入部。オーケストラとの共演で第九を歌うという機会に恵まれました。オーケストラと歌うという快感を初めて味わいました。その時のバリトンソロは野本立人先生、のちの私の師匠ですが、余りのかっこよさに、家で受験勉強の合間に、先生を真似て第九のバリトンソロを練習していました(のちに、本当に第九ソロを歌わせていただける立場になろうとは!)。

とはいうものの、この私が音楽家になれるとも思えず、慶應義塾大学に進学。もちろん合唱をやりたい!と思っていましたが、ワグネルは男声なので1秒で除外、混声の楽友会の門を叩き、「オーケストラとの共演」という岡田忠彦先生時代からの伝統がある、そして合唱界の重鎮、栗山文昭先生が指揮者である、ということで入会しました。4年間、とても楽しい合唱ライフを送らせていただきました。

余りの楽しさゆえ、やっぱり本格的に音楽を勉強してみたいと思うようになり、4年生の秋から野本先生のレッスンに通い、1年の浪人ののち芸大に進学することになりました(私が芸大に入学したとき、栗山先生が芸大の合唱講師に赴任されました。芸大でも引き続き先生に合唱を教わりました。何という巡り合わせ!何という幸運!)。

そして、大学院に進学するときにオペラ科か独唱科に分かれるのですが、
@ アンサンブルができる
A 「演奏とは演じて奏でること、歌手は演じなければならない」という栗山先生の教え
B オーケストラと共演できる
C 女子と絡める…
という理由でオペラ科を選択しました。以後、様々な役を歌っております。


「ヴェルディ 歌劇《リゴレット》題名役を演じる筆者(右)」

ところで、このオペラ科を選択した理由というのは、ま、Cはともかく、そのまま合唱の楽しい理由であるように感じます。@については合唱人の皆さんはよくご存知だと思いますが、ハモった時って本当快感ですよね!物理現象が解明されていない時代においては、倍音は神の声と思われたというのも納得です。Aについては、実際に体を動かしたほうが感情表現の近道だと思います。演技つきステージを経験した合唱団は驚くほど変わる、と聞きますものね。Bについても、人の声が様々な楽器と音程が一致した時の音色の鮮やかさと言ったら!恥ずかしながら、高校時代はただただ声を張り上げていただけなので気づきませんでしたが、今年ドイツレクイエムを指揮した時にそのことを強烈に感じました。

日本ではオペラ界と合唱界にはあまり交流がないように感じます。同じ声楽の分野、そして楽しい理由もほぼ一致しているにもかかわらず…です。オペラ歌手と合唱指揮者をやっている身としては、ぜひその橋渡し役になりたい、と思っております。後進のオペラ歌手の育成においては、合唱人が重視するアンサンブルの大切さを伝え、合唱団の指導においては、オペラ歌手が重視する「演じる」ということ、感情表現のコントロールを訴えております。究極的には「合唱の発声はオペラ歌手の発声でなければならない」というのが持論です。この点が、今の合唱界に最も欠けているように感じております。具体的内容はここで記す余裕がございませんので、「嘘だ」と思ったあなた!私と一緒に合唱してみませんか?(と何気に宣伝もしてみたりする…)


「混声合唱団ブルーメンクランツ第14回定期演奏会 ブラームス《ドイツレクイエム》(室内楽版) 指揮は筆者」

ここまでつづってみて、多くの先生、先輩、仲間に恵まれ、様々な経験が私の音楽を作ってくれているのだ、と改めて実感いたしました。私は幸せものです。「お前は『徳の人』ならぬ『得な人』じゃ」という父の指摘が今、去来しました…。

(2017/10/15)

バトンですが、楽友会から芸大に進学された先輩、ソプラノ渡辺有里香さん(37期)にお願いできました。(10/18)

 

    


編集部 何とも不思議な話で、代表の佐藤雅代さん(43期)のお父様に赤坂のジャズバーLittle MANUELAでバッタリとお会いしました。私の後輩の店主が、

「佐藤さんのお嬢様は楽友会だそうです」と。

「えーっ」

それで、今年6月のブルーメンクランツのコンサートを聴きに行きました。2人と会って来ました。不思議な縁でした。そして、バトンリレーは小林君に繋がりました。

(2017/10/15・わかやま)


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