Editor's note 2021/3

メキシコの作曲家

Consuelo Velazquez Besame Mucho


Consuelo Velazquez (1924-2005)

ラテンの歌といえば”ベサメ・ムーチョ”といわれるくらいヒットした歌です。ベサメの他には”カチート”を書いています。トリオ・ロス・パンチョスのベサメ・ムーチョは日本でも大ヒットになりました。1959年に初来日以来、毎年のように来日し、テレビにもよく出演したものです。一度は、今は無いホテル・ニュージャパンのナイトクラブNew Latin Quaterで聴いたこともありました。

ヴェラスケスの生まれ年は、1916年、1920年、そして1924年とはっきりしませんが、アメリカでは1924年の表記が多いようです。「ベサメムーチョを16歳の時に書いた」という話が何処にも書かれています。発表されたのが1941年ですから、それで24年生まれというのがもっともらしい、といわれています。しかし、息子の話では「母は88歳で死んだ」という話から1916年生まれ説があるのです。


トリオ・ロス・パンチョス


ロス・トレス・ディアマンテス

私たちが若い頃、パンチョスやディアマンテスはよく真似して歌ったものです。高校時代の同級生に連れられて、神田のAMBEという小さなバーに行きました。70年代の話です。よく流しのギタリストが来るのですが、運がいいと、マスターのラテントリオが始まります。マスターとは初代ロスインディオスのメンバーだった萩原さんです。後に赤坂に引っ越して、現在は「ambeCUATRO」といい、おいしいメキシコ料理が振舞われます。萩原さんは2018年1月に亡くなったとのことですが、お店は残っています。

Armando Manzanero Yesterday I Heard The Rain


Armando Manzanero(1935-2020)

メキシコの大作曲家アルマンド・マンザネーロのメキシカン・ボレロの歌に英語の詩をつけた”It's Impossible”はぺリー・コモの大ヒットですし、”Yesterday I Heard The Rain”はトニー・ベネットが歌って有名です。この2曲は曲想がよく似ていて、同一人の曲だということがうなずけます。

あとから、この事実を知って「なるほど、なるほど」と1人でほくそえんでいました。

私の知り合いのタンゴ歌手にロベルト杉浦という70年生まれの若者がいます。90年代の初めにメルパルクホールでのコンサートで一緒に出演したのですが、大谷大学の出身で歌の上手な青年でした。フロリダから中南米の諸国を渡り歩いて活躍して、あちらでは人気者になっている不思議な日本人です。彼が20年ほど前のライブで”Yesterday I Heard The Rain(Esta tarde vi llover)”を原曲で歌いました。奇遇でした。

もう1人、サリナ・ジョーンズが歌っているのにはおどろきました。じつに幅広いジャンルの歌を歌う人で呆れるほどです。2002年の7月、ロンドンのレストランにローストビーフを食べに行ったとき、口ずさんでくれました。

マンザネーロは日本びいきのソングライターで、ヤマハには恩義を感じているらしく、2002年4月に家族を連れて桜見物に来日したときは、目黒大鳥神社裏のヤマハ振興会に表敬訪問に来ました。ここで、ミニコンサートが開かれたのです。ヤマハのエレクトーン奏者を永年育ててきた山口豊二氏から誘われて聴きに行ってきました。

その何日か後に、六本木のSweet Basil 139でライブがありました。これは、その前からチケットを買っておいたので、2度もマンザネーロを聴いてしまいました。ロベルトが知ったら羨ましがることでしょう。

ところで、"Esta tarde vi llover(エスタ タルデ ヴィ ジョヴェル)"はスペイン語で「今日の午後、雨を見た」という意味です。それが、Gene Leesの英語の詞では”Yesterday I Heard The Rain”となっているのです。”Esta Tarde”を耳で聞くと「イェスタデー」と聞こえるじゃないか。てんで、英語詞版では「昨日、雨音を聞いた」としたのです。

もう一つ、冒頭の”It's Impossible”の原題は”Somos novios”で「私たちはカップルです」という意味なんですよ。面白いでしょ?

メキシコ 1987年

1987年の夏、ブラジルからメキシコ・シティへ飛びました。市内にマリアッチ広場というのがあります。毎晩、沢山のマリアッチバンドが出てきて、お客さんを取り囲むようにして聴かせてくれます。日本人はチップを弾んでくれます。

私たちはこの広場に面したマリアッチ・レストランで会食をしました。この日の午後は途中で観光バスを降りて、単独行動でギターを探しに行きました。ギター工房を見つけて、レキントギターを1台買って、そのレストランに合流しました。

バンドの連中が、私のギターを見つけて、チューニングして「一緒にやろう」と言います。「シェリトリンド」を歌って馬鹿受けしました。アンコールになってしまい「ある恋の物語」を歌ってきました。

(2021/3/7・わか)


FEST