またパクさんのトップ・テナーも抜群で、高音部は普通のファルセットとは異なる、いかにも裏声といった薄っぺらな声ではなく、フルートの音色にも似た輝きのあるオブリガートでした。が、晩年はその声域をほとんど歌われなくなったようです。一方、内声2人の調和がまた見事でした。それは甘いクラリネットのデュエットにも似て、マンガさんのとろけるようなメロディー・ラインにゲタさんのバリトンがぴったりと相和し、ダークならではの上質のハーモニーを醸し出していたのです。
こう書くと、いかにも「昔はよかったのに」という恨み節に聞こえるかもしれませんが、それは本意ではありません。そうではなく、ダークの本当の良さはどんなに時がたっても変わらない、と言いたかった。時と共に失うものは多々あったが、逆に得たものも多く、例えば品格という言葉が風格という言葉に換わるように深い味が出てきたと思います。それは余人をもって代えがたい発足メンバーだけが醸し得る友情の発露であり、真の心のハーモニーだった、と言えるでしょう。だからこそ、マンガさんが長期療養で欠場されても、誰も補充せずに頑張ってこられたものと思います。しかし、今年はパクさんに先立たれ、とうとう「4羽のあひる」が低声2羽になってしまいました。さて、この先は?何とかお二人だけでも続けてほしいものです。
ひとしきりダークの話題にひたってから:
弥次「でもな、なんと言ってもダークは偉いよ。プロとして、60年の長年月を声一筋で生き抜き、しかも高い名声と人気を保ってきたんだからな」
喜多「そりゃそうだ。陰じゃ銘々、人知れぬ苦労を積み重ねてこられたんだろうよ」
弥次「さっきの本にゃそんな苦労話は一言も出てこねぇが、それを聞いてみてーなー」
喜多「そんなこと期待する方がムリだ。彼等の美学だろうが。それとも営業上の秘密っていうとこかな。とにかく自分のことは自分で決めるしかない」
弥次「ん。もう歌は諦めちゃうか、何とか今は今なりの、自分は自分なりの努力で頑張ってみるか、そのどっちかだな」
喜多「おらっちも彼此60年近く合唱を続けてきたんだ。ダークを見習って、声の出るうちゃ歌い続けようじゃねぇか」
弥次「よっしゃ。それじゃ、ま、いろいろと調べてみるか」
というわけであちこち「老年のコエの悩み」対策を調べてみたのですが、これはといった指南書は見つかりませんでした。声楽家が「コエワズライ」になった時駆け込む耳鼻咽喉科の先生にもお伺いしたのですが、そんなものは聞いたことないそうです。ただいろいろなヒントは頂けたので、それをまとめると次のようになります。
1)「使わない筋肉は退化する」すべからく加齢現象はこれに尽きるようです。隠居すると日々の活動範囲が狭まり、歩くことも話すことも、即ち手足や声帯を使う機会が激減します。極端な場合には一日中家に居て、散歩も会話もしないことがある。こんなことが常態化すると器官や筋肉はいつの間にか劣化し、たまの正月、子や孫たちが来て気分だけ若返り、いい気になって餅など頬ばると、それが食道ではなく気管に落ちてアッという間にご臨終てなことになってしまう。それはつまり、気管支の入口にある声帯が萎縮したせいだそうです。「声帯」だから声に関わるだけの器官だと思っていましたがとんでもない、生命に直結する大切な器官でもあったのです。だから、これを萎縮させてはいかんのです。
2)幸い合唱人なら誰でも「コンコーネ」くらいは持っているでしょう。これを毎日1回は歌ってみましょう。え?「そんなものとっくの昔に捨てた」? 最近はピアノ伴奏つきのCDと楽譜がセットで2千円以下といった便利な商品もあります。命を維持するためのExerciseと思えば安いもんでしょう。畑中良輔先生は「コンコーネ50番(全音楽譜/750円)は声楽を志す人の一生の教科書である」といっておられます。至言です。年なら年で、それ相応の鍛錬と工夫によって若い時には歌えなかった歌を歌いましょう。
わが憧れのバーバラ・ボニーちゃんは最近白髪が目立ってきたけれど、一向に衰えを感じません。むしろまろやかな円熟を感じます。早稲田グリー出身の岡村喬生さんもご立派です。80歳になんなんとする今も現役のオペラ歌手として大活躍。4月に東京で定番の「冬の旅」リサイタルを開き、8月にはイタリアでかねて念願の改訂版「蝶々夫人」の上演を主宰されます。聖路加病院の日野原重明先生は今年100歳。されど10年日記を片手にスケジュールを繰り、階段を2段1歩で登り、聖歌隊の指揮もなさいます。まさに人生は「60〜70洟垂れ小僧(伝:渋沢栄一)」の時代なのです。
3)「洟垂れ」といえば今は花粉症の季節。昔は冬の小僧につきものだった水っ洟や青っ洟を最近はほとんど見かけず、代わって大人も子供も花粉症で大わらわ、大きなマスクが跳ぶような売れ行きです。ひどい日にはティッシュ1箱分の鼻紙を使う人もいるようですが、さっさと耳鼻咽喉科に行った方がよい。その時「最近は声もかすれる」と訴えることもお忘れなく。いろいろな治療をしてくれるはずですが、私の場合は早めの受診と投薬処方で、今年はアレルギーがぴたりと治まっています。また毎日のように吸入器治療に通ったせいか、痰のキレもよくなり、声もかなり若返った気がします。思わぬ副次的効果でした。
その他、08年12月NHKの「ためしてガッテン」で「中高年を襲う!謎のノド異変」という番組があったそうです。何でも、個人差はあるが、60歳以上の8割にこの異変―「声帯萎縮」―があるとのことです。その概要は次のURLで観ることができます。
http://cgi2.nhk.or.jp/gatten/archive/program.cgi?p_id=P20081203
より詳しく知りたい方は下のウェブもチェックしてみてください。
「声帯萎縮」が高齢者だけに起きるものでなく、若者にも死をもたらす恐ろしい現象であること、またその予防と対策の具体的方法が如実に示されています。音声外来を専門とする東京医療センター(目黒区東が丘)耳鼻咽喉科の角田医師の講義も説得力十分で、色々とためになります。
http://www.kankakuki.go.jp/video_nhk.html
これを見て家内と一緒に朝夕の音声体操を始めました。とても簡単なことなので長続きしそうです。ただ、始めて1か月も経っていないので「ガッテン」できるかどうかはまだ分かりません。が「ためして」みる価値は十分ありそうです。
4)音読のすすめ ― 言わずもがなのことでしょうが、隠居したら歌うことの他にも、絶えず声を出していましょう。独り言では気味悪がられるので、新聞とか小説をアナウンサー風に、あるいは感情をこめて朗読しましょう。より積極的に、身体を動かせる方には近所の福祉センター等に「朗読講習会」なんてものがあるし、そうした講座を修了すれば、図書館で児童や視覚障害者を対象とした朗読会や対面朗読、あるいは音訳といった社会奉仕に参加することができます。すばらしいことです!(オザサ/3月3日)
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