従来、多重録音などということは、録音スタジオにこもってやらなければ不可能だったのです。これには飛びつきました。早速、銀座のヤマハに出かけていきました。15万円位だったと思います。
ヤマハの店員は「どちらにお届けでしょうか?」
愚かな質問でした。私は「持って帰ります!」
自宅で多重録音:タクシーでMD-8を持って帰ってきました。電源を繋いですぐにテストを始めました。何がやりたいのか、私のことをご存知の方は聞かずともわかる話です。はい、1人コーラスをやるのです。昔は結構音域が広かったのです。夜は高い音が出ます。翌朝は低いベースを歌います。これで2オクターブと何音かの男声4パートが歌えます。
昔からこれがやってみたいことだったのです。自分でアレンジをしてピアノで弾いてみます。一応はそれらしきハーモニーは出るのですが、人間の声で重唱したときの響きとなんか違います。特に、音が1音や半音でぶつかっている響きにおいて大きな違いがあります。
まず、伴奏を2〜3トラック使って録音しました。そして、メロディー・パートから4声のすべてのパートを1つずつ歌って重ねていきます。同時には4声で歌うことはできません。重ねて歌ってタイミングに寸分の狂いもない、こいつは面白かったですねぇ。10年前の録音が残っています。
トミードーシー楽団のアレンジャーをやっていたPaul
Westonが作曲し、Sammy Cahnが作詞した”Day
By Day”をクリックしてください。面白いですか?では、もう1つだけ4ビートの歌です。”Oh!
Look At Me Now”
その昔:高校生の頃、同じ1人コーラスをやろうと考えました。不思議な家で、テープレコーダーが2台ありました。1台はおふくろの長唄練習用、もう1台は私の音楽用です。2台のテープレコーダーで交互にパートを重ねていきました。テープに録音した再生音と生声をもう1台のレコーダーで録音するのです。経験のある方はお分かりのことだと思いますが、音の劣化の激しさは想像を絶するほどです。とても聞けたものではありません。
それで、馬鹿な試みは諦めざるを得ませんでした。何と50年以上前に多重録音の実験をしていたのです。その40年後にMD-8のお蔭で思いが叶いました。傑作な想い出です。
優れものなのに:こんなに楽しい機械に出会ったのは珍しいことです。録音にはMDを使うといいましたが、通常のMDより高密度な「Data
MD(140MB)」という特別のMDを使います。約2倍の容量です。録音されたMDを通常のMDプレーヤーで再生ができません。このData
MDはSonyが製造していましたが、最近は製造中止、在庫にあるだけで終わりとのことです。通常のMDはMD-8では2トラック分しか録音できず、役に立ちません。
さらに、私の知らない間にヤマハはMD-8の製造を取りやめてしまいました。特殊なMDを使うので一般のMD機器との互換性がないという問題、また1枚1050円という価格の問題もあり、MD-8のユーザー以外はこんな高いMDを買う人はいません。それでSonyも厭になり、ヤマハも厭になり、製造を止めてしまったのでしょう。
というわけで、機械本体も媒体であるData
MDも共に製造中止となりました。置いてけ堀を食らったのは哀れなユーザーです。でも、売り出した当時はアメリカでベストセラー商品になったのです。私と同じおっちょこちょいが沢山いたということです。ああ、愉快、愉快!(わかやま/5月6日)