周知のように次期総理の鳩山由紀夫氏は、東大で数理工学の学士となり、後スタンフォードの大学院でOR学界の最高権威の一人であるジェラルド・リーバーマン教授に師事し、76年に博士課程を修了して帰国した。政治家には珍しい、ORを専門とする学究肌の男である。
本来ORは数理・統計学的理論を駆使し、問題解決手法を追求する難しい学問なのだろうが、軍隊が最適な作戦(Operations)を練る(Research)ために発達させた、極めて実践的な研究だから、なんにでも応用が利く。むしろ今では世間一般の人間関係とか、消費者行動とか需要予測とか、社会的な因果関係の解明や問題解決に利用され、さまざまな意思決定を行なう際に、必須不可欠の手法として広く活用されている。
早い話が、<今回の選挙で「政権交代」が行われるに違いない>、とマスコミがかなり早い時期から予測してみせたのも、このORを活用した確度の高い「世論調査」結果を手中にした上での報道だったのである。近年その予測手法はますます精緻になり、結果の確かさは著しく向上した。「当選確実」予報の恐るべき正確さがその一端を物語る(「週刊文春」9月10日号掲載のデータによる)。
結果予測 |
自民 |
民主 |
NHK |
84-131 |
298-329 |
日テレ |
96 |
324 |
TBSとフジ |
97 |
321 |
テレ東 |
98 |
326 |
テレ朝 |
106 |
315 |
当選者実数 |
119 |
308 |
選挙前議席 |
300 |
115 |
この数字は各テレビ局が、8月30日(日)の午後8時に開始した開票速報番組の冒頭に掲げた当確予想人員数と、下段は深夜午前1時30分頃に確定した実人員数である。何という早業、そしてなんという近似値!
ちなみに、今回の衆院選投票有権者総数は約1億434万人、総選挙区数は300である。実数に最も近い予測値を示したテレ朝は、朝日新聞と協力して1選挙区に30ヵ所、計9千ヵ所で約54万人に出口調査を行ない、NHKの場合は4千2百ヵ所、42万人調査をもってこの値を測定した、という(前掲誌)。
ここまでくると私は戦慄さえ覚える。当日の投票率は69.28%だったから、たかだか40〜50万人に対する数分の質問紙調査で、約7千2百万人の投票行動を、ほんの数時間で割りだしたことになる。驚くべきことだ。逆にいえば、このからくりさえ分かれば、かなり自在に潜在的な民意を探ったり、それを利用して政策を操ったりすることもできる、ということだ。
それはそれで結構な一面もあるが、大衆民主主義の制度のもとでいたずらに大衆におもねり、そのPopular
Sentimentに迎合するだけの人気とり政治家や政策だけが横行する恐れもある。政治にはどうしたって感情論や損得勘定で測ることのできない、大局的見地に立ったPublic
Opinionや、それを基にした理性的判断が必要になる。そうなった時どう事態を収拾するのか。
昔は前者を世論(せろん)といい、後者を輿論(よろん)といってことばのうえでもハッキリと違いを区別していた。が、漢字制限によって「輿論」がなくなり、それかあらぬか政治の世界も「世論」一辺倒になってしまった。これでは現代の政治を仕切れるわけはなく、日本の政治は節操のないポピュリズムに陥るばかりで、とても経済のグローバリズムに対応できていなかった。
その意味で、「政治に科学を」と主張するOR専門家の登場は時宜にかなったことである。ORは両刃の剣であるが、鳩山氏の掲げる「友愛」が真のモットーなら、その善用による活躍を期待してやまない。(9月7日/オザサ)
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