Editor's note 2009/6
先日「カトリック栄誦会OB会」に参加させていただきました。同会は今年創立90周年だそうで、9月に盛大な記念ミサをあげる、ついてはその歌を手伝えとのことでありました。なんでも「節目の年だから歌ミサとする。それも古式ゆかしくラテン語のグレゴリオ聖歌でいきたい。君は、長年『楽友会』で宗教音楽をやっていたのだからそれ位できるだろう、我々はもう日本語典礼聖歌になじんでしまったので、あれは歌えない」。

「そんな筈はないでしょう。若いときに覚えた歌は、忘れるはずがないでしょう」。「忘れてないからあれでいきたいのだ。だが実は、僕たちは音痴ばかりなのだ」。おそらくそれはご冗談かご謙遜と思いましたが、こちらもグレゴリオ聖歌には目がない方で、高校時代に皆川先生に教えていただいて以来、毎晩その1曲でも歌わないと安んじて眠られない程ですから、まして畏敬する会友の藤原宏さんの頼みとあれば引き受けないわけにはいきません。安々とそのお誘いに乗ってしまいました。

そこで選曲作業など始めたのですが、ふと気付くと周囲は殆ど後期高齢者とおぼしき方ばかり。「なぜ若い人もここに参加していないのですか?」とお聞きしてしまいました。すると傍らにいた人が実に寂しそうに「実はねー、もうこの会は塾に存在してないのですよ」とおっしゃいました。筆者の在学中にはとても盛んな活動を展開していた会で、そこに属していない私でも作家の遠藤周作さん始め、多くの有名人を輩出した会と承知していました。「それがもうない!」。確かにそれでは、90周年の歌ミサが、祝賀ミサというよりも、追悼ミサの性格を帯びるのも致し方ない事と思いました。

翻って、「楽友会の90周年」の事を考えてしまいました。果たしてガラ・コンサートを開けるでしょうか?それとも・・・???

そんな先の話ではありません。今年の大学新入生は58期ですから、僅か32年後のことです。え、なに?「そんなこと分からない」だって!

それもそうだ。自分だってそんな先まで生きられない。80周年も70周年もムリ。せめて60周年(2011年)かな?それなら何とか、皆と一緒に歌えるかもしれない。「オーイ、みんな!喜寿の石原だってオリンピック招致で頑張ってるんだ!我々も元気なうちに『楽友会60周年記念演奏会』をやらないか!?」。(オザサ・6月7日

創立90周年カトリック栄誦会が創立90周年とのこと。慶應義塾の創立90周年は、何故だかわかりませんが1947年(昭和22年)でした。この当時は、数え年で勘定するものだったのでしょうか。それでないと勘定が合いません。この年の運動会のメダルに「創立九十周年記念」と彫られています。

創立100周年は小笹主幹が大学4年生のとき、私が高校3年生のとき、1958年でした。ここでは満年齢になっています。つまり、この11年の間に日本は変わってしまったのです。それにしても、われわれにとって楽友会創立90周年とは遠い遠い話です。

昨晩、ワグネル男声合唱の出身で、有名人たちで構成する六本木男声合唱団のメンバーでもある、私の一回り先輩の大伴さんに会いました。今年、80歳になられましたが、最近、白内障の手術を慶應病院で受けました。そうしたら、眼鏡なしで視力が1.2になったそうです。気分も若くなってしまい「100まで生きることにした」と大元気です。私も大伴さんに倣って100まで生きれば、楽友会創立90周年にぎりぎり間に合いそうです。

カトリック栄誦会が既に存在していないとは、関係者にとっては寂しい限りだと思います。これからも、いろいろなものが消えて行くのでしょう。

私が昭和44年に法政大学工学部の教壇に立ったとき、20名ばかりの工学部男声合唱団がありました。覗きに行ったら、「いざ立て・・・」を唄っていました。誰が調べてきたのか知りませんが、「先生は慶應で混声合唱をやっていたそうですね。われわれの部長になってください」というわけで「コールメロディオン」の部長になったのですが、間もなく学園紛争に巻き込まれ、部活動どころではなくなったのですが、その後、小金井のキャンパスから合唱団は消えてしまいました。

iPod族iPodはご存知だと思います。iPodを持ち歩く人種をiPod族と申します。iPodはMacintoshを世に送り出したApple社が2001年に社運をかけて開発したサウンド・レコーダーです。日本で流行りだしたのは、3,4年前からのことだと思います。今では、ほとんどの若者がiPodを持っています。いや、爺さんまで持っています。

80年代になって売り出されたMacintoshというパソコンはマウスでクリック操作するウィンドウズ方式で斬新そのものでした。写真は初代のMacintoshです。

そもそも、マウスは70年代にXeroxの研究所で採用されたSmalltalkというシステム開発環境で使われていました。そのデモを見て、われわれはおったまげたものです。これはパソコン前夜の話です。

そのうち、コンピュータはキーボードからコマンドを入力することなく、すべて「マウスで操作できる」ようになるのだと思わされたわけです。こういう時代を経てタイムシェアリング・システム時代からパソコン時代へと移り変わってきたのです。

昔、音楽のサウンド・ファイルは2,3分の曲でも何10MBにもなりました。それが圧縮技術の進歩により3MB程度の小さなファイルになりました。mp3という形式のファイルは音質を落とさずにファイル・サイズを小さくすることに成功し、インターネット上に音楽が満ち溢れることになったのです。

今ではYou Tubeのように動画ファイルがインターネットで飛び交っています。

90年代の半ばごろに、iPodの前身となるmp3レコーダーが発売されました。珍しいので飛びつきました。Creative Nomad というシンガポール製のレコーダーでした。誰も持っていませんでした。2,30曲くらいで一杯になってしまいます。今のiPodには100GB超のメモリーがありますから、3万曲でも入ってしまいます。

1億台が売れました。猫も杓子もiPodの時代です。ライトミュージック・ソサイエティで太鼓を叩いていた伸ちゃんという鯛釣りの好きな男がいます。寺田さん(5期)の10年ほど後輩になります。10年前にライトOBで結成したLighthouse Orchestraのバンマスをしています。その伸ちゃんが2007年の連休明けにメールをよこしました。

最近、遅ればせながらiPodを購入しました。

連休は落語の音源を片っぱしから落とし込みの作業です。イヤホンが苦手で、若者の間で流行しているiPod用ヘッドフォンを使ってみましたが、出力を制限してあるようで満足できません。そこでスタジオ等で使用しているフルレンジ対応のヘッドフォンをミニジャックに変更しましたが、これならば地下鉄の騒音にも対応できます。

「そんな、お茶の水博士みたいな恰好して出かけるの止めてちょうだい!」とカミサンに言われてしまいました

iPod族の皆さん、あなたはお仕着せのヘッドホンで満足ですか?

このメールが、私には痛快で痛快でたまりません。iPodの隅から隅までくわしいSuper Userがゴロゴロ居ますが、伸ちゃんのようなことを言ってきた人は初めてです。じつは、伸ちゃんは人とは違った耳をもっている珍しい人です。ですから、フルバンのリーダーが務まるのです。ことある毎にそう思っていたのですが、聞こえているものが凡人とは違うのです。

そうしたら、またメールが来ました。これまた傑作です。

ミニジャックを秋葉原で350円で購入したまでは良かったのですが、ハンダ付けには苦労しました。数十年ぷりの作業ですが、もう目が無理です。

赤白黒の3つの細いコードを剥いて銅線を・・ああ切れちゃった、を繰り返しやっとのことでハンダ付けを完了したのですが、モノラルになってしまいます。

よく見ると銅線の細いケバが別の線に触れているらしく、カミサンの眉毛切りでケバをカットしてやっとステレオで聴けるようになりました。という訳で余計に愛着が湧いてきました。

後日談です。伸ちゃんのiPod評です。またまた、おかしくて腹がよじれそうです。

iPodでは専ら落語を聴いています。

音楽には不向きです。同じ再生装置で、同じ音源でCDと比較してみてください。シナトラの声が20歳若くなってしまいます。ロイ・ヘインズのシンバルがナベブタになります。

落語を聞くのに適しているのだそうです。この話は落語よりも面白いです。幸い、私はまだ買っていません。

あるお宅では、子供たちがiPodを買うことも使うことも禁止されています。嘘のような話ですが、テレビのニュースで見てしまいました。それは⇒XXXさんち

iPodに何千曲とか入れて得意になっている哀れなオジサンがいます。そのオジサン、満足そうに毎日持ち歩いています。しかしですね、このページを読んだら「あたしゃ、音楽を聴くために持ち歩いているのではない、データベースのつもりで持ち歩いているのだ」などと、屁理屈を並べ立てるに決まっています。あぁ、可愛くないじじいだ!(わかやま・6月7日)


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